2024年 seesaaブログより移転しました

「好き」の裏側にあるもの

自分でつくった「持ち物リスト」
なにげに眺めておりましたら
ある傾向に気づきました。

ピアノを弾き始めたころにも
「ジャズを弾く」
ということを目標に掲げていましたが
これは実は学生時代から
やりたかったことなのです。

忘れていましたが、
どうやらそうだったようで。

というのも、ジャズライブに行ったときの
チケットの半券を後生大事にとってあったり
したのです。レコードも。

そういえば学生時代、背伸びしてジャズバーに
行ってみたこともあったっけ。
大人の中に入って静かにジャズの音色に耳を傾ける。
そうすることで、自分も大人になったような気分に
なっていました。

そうか。大人になったから
ジャズピアノがいいと思ったわけではなかったのか。

改めて気づいたしだいです。

それにしても、なぜ若いときから
ジャズだったのだろう?

それも学生時代からずっと持っていた
本の傾向からわかりました。
なぜか、歴史の本や伝記の類が多い。
別に歴史好きではなかったのですが、
「裏話」的な本が好きだったようです。
それで、思い出したのです。

私は、ジャズ演奏を聴くことによって
その演奏者の「人生」を感じるのが好き
だったのです。
その人の背景にある、表には表れない人生。
しかし、その音色からは感じ取れる人生。

そういうものを感じ取れる「大人」に
あこがれたのです。
そういうものを感じ取れる「教養ある自分」に
なりたかったのです。

そして、そういう「人生を感じさせる演奏」が
できるプレーヤーになりたかったのです。

別に、演奏でなくてもいい。
他のことでもいい。
その人の「人生」が感じ取れるものであれば。

私が好きだったのは、実はその
「他人と人生を共有する」
「他人の人生に共感する」
感覚だったのだと気づきました。

もっと早くにこの「本当に自分が好きなこと」に
気づいていたら、私自身の人生ももっと厚みのあるものに
なっていたのではないか、
そう思うと残念です。

しかし、逆に考えれば
今、気づいた
ことに意味があったのかもしれません。

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