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【あとがき】呪いの硯箱

赤字衛門はさる大名家の勘定方に勤める
謹厳実直な男であった。

御家は昔から続く財政難であっぷあっぷしていたが、
由緒ある家柄のためそれを表に出すことは許されない。
節約はあたりまえだが、格式を整えるための出費も大きく、
その釣り合いをとるのに苦心していた。

赤字衛門は、その名前が勘定方にふさわしくない、と
先輩朋輩から揶揄されながらも真面目にお勤めを
果たしていた。

彼がお城にあがってお勤めの際に使うのは、
御家に古くから伝わる硯箱である。

由緒ある品なのだが、ただ古いというだけでその価値を
認められず、下げ渡しに下げ渡しを重ね、
とうとう勘定方でもぱっとしない赤字衛門の手元にたどりついた。

赤字衛門は、丁寧に手入れをして、
この硯箱を大事に使っていた。

事件はある日突然起こったのではなく、
実はジワリジワリと音もなく忍び寄っていた。

普段より、自分が書いている書類に虚偽があることを
感じていた赤字衛門。
実際よりも嵩だかに石高が書かれている。
これだけ見ればとても貧乏藩とは思えないだろう。
借金もかなりあったが、それは巧みに隠されていた。
書付だけを見れば、かなり裕福な藩に見える。

上役に言われるままに書いていた赤字衛門だったが、
自分で書いた文字を塗りつぶし、真実を書きたい衝動に
かられること日課のごとしであった。

そして、ついにその日がきた。

ひとしきり、仕事に一段落がついた年末。
赤字衛門は自分の書いた書類を上役に提出し、
年末の休みに入るために城より下がるべく
帰り支度をしていた。
そこに上役が赤字衛門の席まで1年の労をねぎらうために
やってきた。

赤字衛門は自席で恐縮する。

そこを上役はバッサリと斬ったのだ。

虚偽の申告をした証拠を隠滅するための口封じである。

赤字衛門は声もなく絶命。
飛び散った鮮血がそこらじゅうを赤く染めた。
赤字衛門が大切に使っていた硯にも。

赤字衛門の死は極秘に処理され、
誰にも問題にされることはなかった。
しかしながら、彼が大事に使っていた硯は、
それ以来どんなに墨をすっても朱墨にしかならず、
赤字衛門の呪いがかかっているとして、
納戸の奥に納められたということである。

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レッド談
「赤字衛門はさぞかし自分の書いた書類の修正をしたかった
だろうに。朱墨はその表れだよ」

 

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